熊本震災に想う

 4月14日 PM9時15分頃熊本市は震度6の地震に襲われた。この時それほど大きな震災に至るとは想いもよらなかった。時間が経過するに従って、同程度の揺れが頻繁に発生しだした。時をおかずTVの情報が発信になって、街中の状況の映像が発信されたのであるが、地震の発生時間が夜分なので被害の状況はほとんど明確にはならなかった。

一夜明けて朝のニュースを見て被害の大きさに愕然となった。昨夜の情報では暗がりの中なので、全てのものが闇に包まれて、全容は見せてくれなかったのでした。時間の経過とともに被害状況も刻々と変化して、震災の被害の深刻さが伝わってきた。その夜再び激震が襲ってきた。昨夜はマグニチュード7であったが今回はもっと大きく、マグニチュード7.3でこれが本震であると気象庁の発表であった。この揺れで被害も増幅され人々は浮き足立ってきたように思われた。

これまでに九州地方は永い間震災に見舞われることなく現在に至ってきた。その上、人々も行政の方々も南海震災が次に来るという予測が、勝手にひとり歩きしていたようである。まして余震も長引き、ライフラインの停止も発生し、人々は浮き足立ってしまった。アイキャッチ画像は伝説の「八岐大蛇」でありこれは太古より自然災害の恐怖を人々に戒めていると思われる。油断があったと考えられる。先日私は「東日本大震災」の被災地「南三陸」(志津川)を訪問の機会が有り見てきました。

震災発生後5年になるが復興状況は思うように進まず、復興の時間が経過するに従い人口の減少問題に悩んでいた。そこで世界で最も貧しい大統領 ホセ・ムヒカさんの「我々の前に立つ巨大な危機問題は、環境危機ではありません。政治的な危機問題なのです。」との言葉が非常に重くのしかかってきました。             おわり

「倉敷」を訪ねて

私が東海道新幹線に乗るのは、何年ぶりになるのだろう?しばらく利用した記憶は無い、おそらく神戸で「海洋博」が開催された以来のことと思われた。車窓に富士の雄姿が大きくなってきた。「沼津」付近か、富士市付近を通過しているのだろうと思いながら眺めていた。

 今回の旅は「旅物語」の「大原美術館」「足立美術館」「出雲大社」をめぐるツァー旅である。この旅は3/29日の出発で、第一日目は「大原美術館」で鑑賞し「倉敷」美観街の散策である。残念なことに「大原美術館」を代表する約100点もの作品は、4月上旬まで東京出張中なのであまり期待はしなかったのである。本日の観光の重点は、江戸時代から明治・大正に至る長い歴史をしのばせる「倉敷美観地区」になる。

 

 

 アイキャッチ画像は「倉敷美観街」の夜景である。午後6時過ぎであるが商店は店じまいしてしまうので注意が必要である。私たちは食事に難儀したのです。「倉敷」となればブルージーンズを思い出すと思われるのであるが、本場は「倉敷」から沿岸部の方へ電車で2o分程のところの「児島」地区なのであった。「倉敷」の名物は「黄ニラ」、和菓子では「ムラスズメ」などが目に付いた。「黄ニラ」とはニラを生育させる時太陽光を遮って作るモヤシのようなものであり、卵とじのように作って食するようである。        おわり